第苦夜

66/71
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/635ページ
 痛々しく直視すらし難かった足は、今でこそ歩けるようにはなったものの、つい最近まで松葉杖が手放せなかった。もう包帯は巻いていないが未だに引き摺っている節がある。両足だから尚更その歩き方は不自然だった。  そういえば、この人に憧れて福寿に入ったんだよな…………  それなのに七不思議に巻き込まれて、成績も落ち、危うく親父の命まで奪いかねなかった。  結果、年中世界中飛び回っている親父が今年は家にいられたわけだが、負い目を感じていた俺はろくに話をする事すら出来なかった。 「…………なぁ、親父?」 「ん?」  俺が死んだらどうする?  継ぐはずだったその言葉は喉の奥から出てこなかった。  そもそも訊いたって仕方の無い問いだった。どうするも何もない。  ただ、それでもやっぱり福寿を辞めたいとは思わなかった。 「……親父が福寿にいた時って七不思議あった?」  誤魔化そうとして出てきた言葉は、またしてもそんな言葉だった。  余程俺の頭の中はそれで一杯らしい。  親父は、思案するように空を仰ぐ。兎が一羽、頭から親父の朽ちに飛び込んでいく。 「……あぁ、あったな」
/635ページ

最初のコメントを投稿しよう!