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◇ ◇ ◇
都立霊園が徒歩圏という、閑静な住宅街に贅沢な敷地を持つ家で。
もうそろそろ着くころかしら、と柱時計を見上げて、この家の家長の妻である尾上加奈江は思った。
ホントに誰に似たのかしら、とさっき電話をかけてきた娘を思ってため息をついた。
久方ぶりに帰国した彼氏とのせっかくのディナーだというのに、家でごはんを食べるから二人前作って、などと言い出すのだから。
これは、絶対、夫の影響だ。
彼は会合などで会席がある時も理由をつけて中座したりほとんど手をつけず折り詰めにして持って帰ったりしていた。
たまには食事作りから解放されたいのに、家族で外食したいと言うと、夫のみならず娘まで、決まって反対した。
豆に手を焼きすぎた自分の半生を反省してもかなり遅い。
今日は外せない宴席があるので、さすがに早じまいして帰ってくることはないだろうと高をくくっていたら、娘がいることを失念していた。
もてなしを受けておきながら、それをフイにしかねないことを言い出したのだから。
娘の方は、彼氏の今後の教育に期待することにしよう。
二度目のため息をついた時、玄関前に車が止まる音がする。
「帰ってきたみたいね」
まだ8時には届かない、おそろしく早い時間帯だ、困った客に、さぞかしレストランの皆さんは難儀したことだろう。
セッティングをした彼氏も。
関係各位に同情しながら、加奈江はよっこいしょと言いながら席を立った。
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