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Scene 1
根岸武夫は、持ち帰り弁当の入ったビニール袋をダイニングのテーブルの上に置くと、コートも脱がずにパソコンの前に座り込んだ。
雑居ビルの谷間のマンションの一室。
埃を被ったカーテンは、昼夜を問わず閉めっぱなしで、部屋は常に薄暗い。
床の上には、ファストフードの空き箱や空き缶、飲みかけのペットボトルや生DVDが散乱し、足の踏み場もないほどだ。
ネットに接続し、あちこちのサイトにアクセスしながら、根岸は、十数年ほど前の出来事を思い返していた。
それは、ごく些細な出来事だった。
つい、今さっきまで、自分でも忘れきっていたほどの……。
× × ×
とうに真夜中を過ぎていた。街灯もない田舎道。
四人の客を乗せ、根岸は古い型のジムニーを飛ばしていた。
ヘッドライトが、闇に同化したぬかるみと水田とバナナの樹を、途切れ途切れに照らしだす。
突然、車中で、客の一人が慌てふためいた。
横柄な中年男だった。そういった客が多いとはいえ、その男は、根岸の覚えている限りにおいても、とびきり嫌な客だった。
「おい! 君、さっきの場所に引き返せ。今すぐだ」
「すいません、ちょっとそれは、もう、厳しいかと……」
根岸は曖昧に口答える。
『さっきの場所』を出てから、かれこれ、もう四十分ほどは走っていた。
ろくに舗装もされていない、このぬかるみと小石だらけの真っ暗な道を引き返し、また帰ってくるなんて。
正直、まっぴらごめんだった。
「先生。今さら戻るのは無理です」
お付きの男が、必死に宥める。
そうだろうとも。
そいつだって、真っ直ぐホテルへと帰って、さっさと休みたいだろうさ。
「いかん、戻れ! 落としたんだ、あれを……きっとあそこだ。ああ!」
必死に手の指を擦りながら、『先生』は、狭いジムニーの車内で大騒ぎだった。
もうひとりの客が、ごく冷静な口調で『先生』に訊ねる。
「相手の名前は? なんでした?」
「確か……『ビュー』とか、そんな」
『先生』は、もやもやと口ごもる。
……名前なんて、当てになるかよ?
根岸は心の中で悪態をついた。
あの村の男の半分くらいは、どうせ、『ビュー』っていうんだ。
「何を? 何を落とされたんです? 先生」
そう聞いたのは、たしか、助手席に座っていた四人目の客だった。
× × ×
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