第1章

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「いつも便所サンダルなんですか?」 マヒルはなおも話しかけた。 「……いけませんか?」 「いけないだなんて、そんな。素敵です」 すると『彼』はどういうつもりか、マヒルにこう尋ねた。 「あなたは履かないのですか? 便所サンダル」 まさか質問が返ってくるとは思わなかったマヒルは、返事がすっかりしどろもどろになってしまった。 「あ、え。ひ、冷え性なもので」 「……成程」 ちょうどその時、二人をのせたエスカレーターが改札階に辿り着いた。そして、出勤ラッシュの人の波にのまれるように、マヒル達は自動改札の方へと流されていった。 ……今を逃したら、チャンスはもうない。 マヒルは心を決めた。 「お願いがあるんです」 「は?」 『彼』は、今にも改札を抜けようとしたところを呼び止められ、当然のことだが憮然とした。だが、マヒルは、そんなことには構っていられなかった。 「わたし、こういうものですが」 マヒルはすかさず名刺を差し出した。 「『ベンジョサンダル友の会』?」 『彼』は、名刺に目をやりつぶやいた。 「便所サンダル愛好者たる会員による便所サンダル愛好者の発見、便所サンダルの 鑑賞及び利用の奨励並びに便所サンダル業界の振興を目的を有する団体です。将来的には中間法人化を考えています!」 「……俺にどうしろと」 「会員になっていただきたいのです」 『彼』は、引き続き冷静だった。そして無言だった。 マヒルは、ためらいながらも、さらに続けた。 「あの……『ベンジョサンダリスト一号』とお呼びしても、よろしいでしょうか?」
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