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大人の遊び
せっせーのよいよいよい。
通りのよい子供の声が聞こえてくる。
ふたりで遊ぶ、手遊び歌だ。
手を合わせる音も聞こえてくるだろうか。
彼女は脚を止めて声のする方へ耳を傾けた。
じゃり、とパンプスのつま先がめり込んで、境内の小石をはじく。
少し遅れて、もう一つの足音が砂利に沈んだ。
どうした、と問うように。
「いえ」
少し間を開けて彼女は言った。
「今でも、やってるんですね」
「何が」
「こどもの、手遊び」
「……ああ」
彼女の隣に立つ男はくすりと笑う。
「君は好きだったね」
彼女、水流添秋良は頭ひとつ以上高い位置にある人を見上げる。
彼、尾上慎一郎は、叔母の夫の弟だ。
日本人には珍しい長身の持ち主で、彼と彼女の間には一回り近い年の差がある。40を目前に迎えた彼からは不思議と年齢を感じさせない、壮年の男性の香気をその身に纏わせている。
「そうでしたか?」
「ああ。忘れてしまったのかな」
彼女も、小さく笑う。
「おぼえていらしたのね」
しばし佇んでいたふたりは、どちらが促すともなく、鳥居へ向かって再び歩き出した。
いつもは姿勢良く闊達に歩き回る彼女にしては珍しいことに、歩みはのろかった。
何度も砂利に脚を取られる度に、隣に立つ彼が支えるように腰を抱く。
ただでさえ歩きにくい場所であることに加え、ガラガラと後ろ手でひくキャリーカートがありはしたけれど、それとは別の理由が彼女にはあった。
ふたりだけが知っている理由が。
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