便利屋はルージュをひく

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鉄製の階段を上る足音を、一つずつ数える。 ゆっくりと、まるで巨人が歩くように大きな音をたてて近づいてくるその足音は、友那にとっては悪魔の足音だった。 その足音が近づいてくるたびに、自分の心臓の音が大きくなる。 夕方の五時。 小学校から帰ってきた友那に、恐怖の時間が訪れる。 「友那、隠れなさい」 母はまだ四十代。 なのに、顔には深いしわが刻まれ、髪は白髪が濃くなっている。 化粧っ気は無く、まるで老婆のようにやつれたその顔。 母が笑うところを、友那はしばらく見ていない。 恐怖で顔を強張らせる友那にランドセルを持たせると、押入れの中に入らせた。 「静かにしてるのよ」 そう言って、母は押入れの扉をぴしゃりと閉める。 その一瞬後に、玄関のドアが乱暴に開けられる音が部屋に響いた。 「文代!! 金よこせ!!」 酒やけをしたしゃがれた声。 狭い三畳一間の部屋には大きすぎるほどの怒鳴り声。 友那は息を潜めながらも、押入れの扉を少しだけ開けた。 ボサボサで、いつ切ったのか分からない長髪。
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