序章

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自分には関係ないと思っている事件は、突然起こる。 日ごろニュースで見るような残忍極まりない事件や、暴力団同士の抗争は、平凡な生活を送る自分とは縁遠いものだと思っていた。 これは和希だけが自惚れているわけではないと思う。 誰もがそう思っているはずだ。 よくニュースのコメントで聞く、まさか自分にそんなことが起こるなんて思いもしなかった、というのはあながちウソではない。 風見和希は今、それを身をもって体験していた。 これまでの二十五年間、世間一般に言われる真面目な生涯を送って来た。 普通の高校に通い、運よく試験に合格して一流の大学に入学。 そこで遊びほうけることなく、一つの単位も落とさないまま大学を平均的な成績で卒業。 その後、公立高校の英語教師として真面目に勤務してきた。 将来の子ども達の手本となるような安定した生活。 多忙を極める仕事だし、それなりに生徒に嫌われたりする職業ではある。 しかし、突然拉致されて、縛り上げられ、どこだか分からないような所に連れて行かれるような覚えはない。 特に、いかにもと言うような強面のお兄さんに、殺されるようなことは絶対していないはずだ。 車に乗せられ、引きずりおろされたかと思えば、どこかの薄暗い部屋の中だ。 手は後ろ手に縛られ、床に座らされ、目の前には怖い顔のお兄さんが二人いる。 最初、和希は夢を見ているか、ドッキリ番組の餌食にでもなったのだろうと考えるくらい信じられなかった。 だから、こんな間抜けな質問ができたのだ。 「あの、もう分かってますから。 縄、解いてもらえますか?」 その瞬間、とんでもない勢いで張り手が飛んできた。 史上最悪の威力だ。
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