便利屋はルージュをひく

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「いいお店なのに、客席が少ないですよね?」 「すべてのお客様に、ゆっくりとした時間をお過ごしいただくため、座席の数はわざと少なくしてあるんです」 「そうなんですか」 和希はオレンジジュースに口を付けた。 生のオレンジから絞ったジュース。 しかし苦味は少なく、柑橘系フルーツ独特の甘みがある。 「すごくおいしいです。 何か特別なことでもしてあるんですか?」 すると、カウンター脇の扉が開いて、雲母がヒールの音を響かせながら入って来た。 長い髪をなびかせ、颯爽と歩く。 黒いスキニーに黒いシャツを着ているため、どこかダークだと思ってしまう自分の単純さが憎らしい。 しかしそれがとてもよく似合う。 まさにスパイアクション映画に出てくる女性ヒロインさながらだ。 「一個五千円する極上オレンジを二個使ってるのよ。 まずいわけないでしょう」 随分ときつい言い方をする。 天羽の天使のような優しさに包まれて天国にいるような気分に浸っていたのに、一瞬でいろんな不安が舞い戻って来た。 「だいたいね、仕事さぼっているようなやつにそんな高価な飲み物を出す必要ないわよ。 麦茶でいいわよ、麦茶で」 雲母は和希から一つ開けてカウンターに座った。 天羽が素早くカクテルを作り、スッと出す。 小さくお礼を言った雲母は、それを静かに飲みながらスマートホンをいじり始めた。 「あの、色々聞きたいことがあるんですけど」 「何?」 「店って、なんですか?」 「ここのことよ」 「あ、そうですか……」
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