108人が本棚に入れています
本棚に追加
「名前は知っています……」
ナイフを持ったチンピラが目を釣り上げた。
一方の冷静な髭はニヤニヤ笑いを止めない。
「なぁ、先生。 回りくどいいいかたしちゃだめだよ。 俺だって時間がないんだ。 お前のクラスのガキだろう?」
「そうですけど、ほとんど学校に来ていないので僕は会ったことが無いんです」
ほぼ、本当の話だった。
有村はつい最近犯罪に手を染めたようで、退学処分になったばかりだ。
あろうことか、覚醒剤に手を出したのである。
ほぼ本当であるというのは、会ったことが無いという点についてだ。
実は今日。
その有村信吾が家に逃げ込んできた。
詳しい話を聞いたような、聞かなかったような気がするのだが、遠い世界の話でよく分からない。
とにかく、覚醒剤のディーラーとして雇われた彼は、何かへまをやらかしたらしい。
それは組にとって重大な損失で、有村一人ではどうにもならない金額なのだという。
怖くなった有村は、何故か、和希のところに転がり込んできたのである。
困った和希は、とにかく警察官の知り合いに連絡し、少しの間だけかくまってもらうことにした。
彼が警察に有村を連れて行くことになり、和希が学校や有村の家に連絡をしようとしていた時、突然家にやって来た強面の男二人に捕まったのである。
これでなんとなく合点が行った。
和希は、知らない間に怖いお兄さんたちの怒りを買っていたのだ。
やってらんないよ、あははは……。
色々と笑い飛ばしてやりたいくらいついていな話だが、喉には相変わらずナイフが突きつけられている。
呼吸するのもままならないなか、この怖いお兄さんたちを笑わせる自信は今の和希には無い。
「あのガキがお前のところに逃げ込んだのは分かってんだよ!!」
ナイフの先がのどに微かに触れる。
男の唾が顔にかかった。
髭の男こそ冷静だが、こっちの若者は顔を真っ赤にして怒っている。
もうこの世の終わりだと思った。
痛いんだろうな。
楽には殺してくれないだろう。
それでも、和希の教師としてのプライドは少し残っていた。
自分でも信じられないが、口が裂けても有村のことは言えないと思った。
警察に送り届けられる前に彼らが見つかれば、間違いなくただでは済まないのだ。
その間の時間稼ぎはしなければならない。
本当に、そう思った。
最初のコメントを投稿しよう!