序章

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「名前は知っています……」 ナイフを持ったチンピラが目を釣り上げた。 一方の冷静な髭はニヤニヤ笑いを止めない。 「なぁ、先生。 回りくどいいいかたしちゃだめだよ。 俺だって時間がないんだ。 お前のクラスのガキだろう?」 「そうですけど、ほとんど学校に来ていないので僕は会ったことが無いんです」 ほぼ、本当の話だった。 有村はつい最近犯罪に手を染めたようで、退学処分になったばかりだ。 あろうことか、覚醒剤に手を出したのである。 ほぼ本当であるというのは、会ったことが無いという点についてだ。 実は今日。 その有村信吾が家に逃げ込んできた。 詳しい話を聞いたような、聞かなかったような気がするのだが、遠い世界の話でよく分からない。 とにかく、覚醒剤のディーラーとして雇われた彼は、何かへまをやらかしたらしい。 それは組にとって重大な損失で、有村一人ではどうにもならない金額なのだという。 怖くなった有村は、何故か、和希のところに転がり込んできたのである。 困った和希は、とにかく警察官の知り合いに連絡し、少しの間だけかくまってもらうことにした。 彼が警察に有村を連れて行くことになり、和希が学校や有村の家に連絡をしようとしていた時、突然家にやって来た強面の男二人に捕まったのである。 これでなんとなく合点が行った。 和希は、知らない間に怖いお兄さんたちの怒りを買っていたのだ。 やってらんないよ、あははは……。 色々と笑い飛ばしてやりたいくらいついていな話だが、喉には相変わらずナイフが突きつけられている。 呼吸するのもままならないなか、この怖いお兄さんたちを笑わせる自信は今の和希には無い。 「あのガキがお前のところに逃げ込んだのは分かってんだよ!!」 ナイフの先がのどに微かに触れる。 男の唾が顔にかかった。 髭の男こそ冷静だが、こっちの若者は顔を真っ赤にして怒っている。 もうこの世の終わりだと思った。 痛いんだろうな。 楽には殺してくれないだろう。 それでも、和希の教師としてのプライドは少し残っていた。 自分でも信じられないが、口が裂けても有村のことは言えないと思った。 警察に送り届けられる前に彼らが見つかれば、間違いなくただでは済まないのだ。 その間の時間稼ぎはしなければならない。 本当に、そう思った。
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