私だって、つらい。

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父親は、割れた花瓶の大きな破片を握り締めていた。その破片の鋭く尖った部分が、父親の首の横に突き刺さり、喉の方に引き寄せられている。真っ赤に染まった父親の顔の中の、白目を剥いた眼球までも、赤く濡らしていた。 狭い玄関のタイルにスーツ姿の父親が、靴棚を背もたれにして座り込んでいる。ドアの内側は真っ赤なしぶきが模様を描き、父親の首からは今もドクドクと赤黒い液体が溢れている。 「あ……だ、だれか」 頼りにしていた父親も、もう助けてくれない。 まだ子供だけど、いつでもふたり協力してきた弟も、いない。 優しくてほがらかな母親の笑顔も、もう見れない。 ミカは父親の投げ出された足をまたぎ、家を飛び出した。誰かに助けを求めようとしたのかもしれないし、ただミカがこの場から逃げ出したかったのかもしれない。 靴だけはちゃんと自分のクロックスを履いていて、足になじんだゴムが、父親の血液で濡れて滑る。ぬるっとして、べたっとした感触がまだ残るまま、ミカは隣の家の玄関の前に立っていた。
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