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前川邸に戻った花は、梅のことを考えながら廊下を歩いていた。
――梅はどうして秀二郎の申し出を断ったのだろう。どうせいつかは太兵衛のもとへ戻らなければならないからだろうか。
だが梅も、このままでいいと思っているはずはない。秀二郎の手を借りて、なんとか現状を打開しようとは考えなかったのだろうか……。
「お前は……自分が非番だからって、なんで俺の部屋に来るんだ」
ふと開けっ放しの障子の向こうから、声が聞こえてきた。
「だってー、近藤さんはお仕事中だし、原田さんたちも巡察に行ってるし、暇なんですもん」
「おい、俺も仕事中だぞ。見て分かんねえのか」
どうやら声の主は土方と沖田のようだ。見つかると面倒なことに巻き込まれかねないが、この部屋の前を通らなければ自分の部屋へ戻れない。
花はこっそり部屋の中をのぞいてみた。土方は文机に向かっており、沖田もそちらを向いたまま寝転がって碁石を弾いて遊んでいる。これなら気づかれなさそうだ。
足音をたてないよう、そっと足を踏み出す。――しかし次の瞬間、
「おっと、手が滑った」
パチンと音が響いて、沖田の弾いた碁石が花の額に命中した。
「いたっ!」
「あれ、神崎さんじゃないですか。こんな所で何してるんです?」
「部屋に戻ろうとしてただけです。というか、先に謝ってください!」
起き上がりもせず顔だけこちらに向けた沖田を、痛みで潤んだ目で睨む。沖田はわざとらしく心配そうな顔を作って首を傾げた。
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