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「おいでやす――って豆腐屋の旦那はんやないどすか。こない時間に来はって、お店はええんどすか?」
「ええも悪いもあらへんよ」
男はどかっと座敷に座り込み、不機嫌そうに眉をひそめる。
「壬生浪のやつら、営業妨害もええとこやわ」
壬生浪といえば、浪士組のことだ。何かあったのだろうか。
花はちらりと沖田をうかがうが、当の本人は素知らぬ顔でおしるこを啜っている。
「なんや乱暴でもされましたん?」
「うちは何もされてへんよ。せやけどあいつら店先で急に捕りもの始めよって、そんせいで客が寄ってこおへんようなったんや」
「まあ、そやったんどすか。困りましたなあ」
「ほんま、商売上がったりや。終いには斬り合いになるし――」
どきりと心臓が鳴った。沖田はお椀を置いて、脇に置いていた刀を手に取る。
「沖田さん……」
「すみません、神崎さんは少しここで待っていてくれますか?」
立ち上がった沖田の顔に笑みはない。その表情に、花は初めて沖田と会ったときのことを思い出した。
「くれぐれも、ここを動かないように」
そう念押しすると、沖田は女将たちと二言三言言葉を交わして、足早に店を出て行った。
残された花は、うつむいて女将たちの会話を反芻する。
この時代では、人が殺し合うことは珍しくないのだろうか。女将たちが気にしていたのは自分たちの商売のことだけで、誰かが傷ついたり死んだりするかもしれないということには、まるで興味がない様子だった。
自然と大坂で山南たちと話したことが思い出される。花はこめかみを押さえて、ため息をついた。
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