四品目 壬生浪の洗礼

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「――総司、今夜殿内を殺るぞ」  弥生も終わりに近づいてきたある日の朝、部屋を訪れた沖田に土方が声をひそめて言った。  殿内とは将軍警護のため、ともに江戸から上洛してきた浪士組の一員である。名主の家に生まれ、上洛以前は結城藩主の水野勝知に仕える傍ら、学問所へも通っていたという。  そうしたことから殿内は、江戸を発ったばかりの頃は浪士組の道中目付を任されていた。  しかし高慢かつ癇癪持ちで、怒ると平気で刀を振り回し、人を傷つけるような粗暴者であったため、京へ着く前に平士へ降格となってしまった。  会津藩御預かりとなり浪士組が京に滞在することになってからも、殿内の隊内での序列は低いままだったが、本人はそれが不服な様子だった。  今夜新入隊士を募るため江戸へ発つと言っていたが、その真意が隊内での自分の立場を強くするためだということは明白だ。 「近藤先生は構わないと?」 「許可は取ってある。なかなか首を縦には振らなかったけどな」 「そうですか……」 「芹沢だけでも苦労してるっつうのに、甘すぎんだよ。あいつが仲間引き連れて隊内でもう一派作り上げてみろ。浪士組はもうまとまらねえ。間違いなく内から崩壊していくだろうな」  言って、土方は拳を握り締める。 「せっかく開けた立身出世の道だ。俺は必ずこの浪士組をでかくして、近藤さんを幕臣にしてみせる」 「……そのためなら殺しも厭わない、ですか。怖いですねえ」  沖田は肩をすくめて笑った。
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