四品目 壬生浪の洗礼

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 土方は農家の六男の生まれだが、子どもの頃から士分への憧れが強かったという。  それを聞くと、みな笑うか現実を見ろと諭したが、近藤だけは違った。近藤自身、養子に迎えられる以前は農民だったこともあり、土方の話を真摯に聞き、試衛館でともに剣の腕を磨いた。そして壬生浪士組が結成された折には、土方を副長にと推したのだ。  土方の身分からすれば本来平士が妥当で、実際江戸を発つときは浪士組の六番平士だったのだが、近藤が強く推したため、今こうして副長という立場にある。  土方が冷酷になるのは、もちろん自分が武士になるためというのもあるだろうが、それ以上に恩ある近藤の力になりたいという気持ちが強いように思う。 「お前は反対なのか?」  土方が尋ねる。沖田はそれを笑い飛ばした。 「まさか。近藤さんがいいと言うものを、私が駄目だと言うはずないでしょう?」 「……そうだな」  ずっと硬かった土方の表情が少し緩む。 「手筈は整っているんですか?」 「ああ。今夜殿内が出立する前に、景気づけと称して酒を呑ませる。殺るのはそのあとだ。酒の席には近藤さんと芹沢と俺が同席する」 「芹沢先生も計画を知っているんですか?」 「まあな。というより、この計画を言い出したのが芹沢だ」 「へえ……」  土方は芹沢を目障りに思っているようだし、近藤を筆頭とする自分たちの一派と芹沢の一派は決して友好関係にあるわけではない。今回は利害が一致したため、一時的に手を組むということだろう。 「分かりました。殿内の処理は私に任せてください」 「任せろって……大丈夫なのか?」  人なんて斬ったことねえだろと続けた土方の声には、昔からの弟分である沖田を案ずる色が混じっていた。
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