四品目 壬生浪の洗礼

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 父親は沖田が物心つく前に病で亡くなっている。九つのときには母親が亡くなり、沖田は近藤の養父である近藤周助の内弟子として、天然理心流の道場『試衛館』へ行くことになった。  貧しいながらも母親と二人の姉に可愛がられて育った沖田にとって、家族と別れての試衛館での暮らしは生まれて初めて感じた孤独だった。  ――剣の腕が上達しなければ、また捨てられてしまうかもしれない。  そう恐れた沖田は必死で稽古に打ち込んだ。しかし初めは可愛がって面倒を見てくれていた人たちも、どうしてか沖田が腕を上げるにつれて、沖田を目のかたきにしたり、媚びへつらうような態度を取るようになった。  そんななか唯一、嶋崎勝太――のちの近藤勇だけは、自分が強くなることを喜び、まるで実の弟のように可愛がってくれた。  道場主とは普通、自分よりも強い人間を遠ざけたがるものらしいが、近藤は逆だった。近藤は流派問わず強い者とは積極的に試合をして、自分の技を磨き、高みを目指し続けた。  そんな近藤はいつしか沖田にとって憧れとなり、目標となった。  近藤の為なら躊躇なく刀を振れる。自分はそのためにここまで来たのだから。  ――このときの沖田は、そう信じて疑わなかった。
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