五品目 永遠のきみへ、お別れを

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 静かな問いかけに、梅の頬がかっと赤くなった。 「そんなん――ええわけないに決まっとるやないどすか!」  叫んだ瞬間、梅の目から涙が溢れる。 「痛いのは嫌や! 罵られて、言い返せへんのも嫌! 幸せそうにしとる人のこと妬んで、自分の周りのもん全部憎んで、呪って……そない毎日嫌や! うちかてできるもんやったら、誰かのこと大切に想うて、同じように大切に想われて生きたい……っ!」  梅は唇を噛んで、顔を伏せた。 「――せやけど、うちには無理や。十の頃に親に売られて、店でもいびられとって……太兵衛はんに妾にしてもろうて、やっと抜け出せた思うたのに、こない目に遭うて」  梅の足下に、ぱたぱたと雨のように雫が落ちる。 「うちはもう、何かに期待して裏切られるのは嫌や……」 「お梅さん……」  かける言葉が見つからなくて、花はただ立ち尽くして梅を見つめた。  自分とは生きてきた世界があまりにも違っていて、梅の苦しみなどとても想像がつかない。何と言って慰めても、嘘くさく、梅の心には響かない気がした。  静まり返ったなか、梅の嗚咽する声だけが聞こえる。 「……お梅はん。やっぱりここを出まひょ」  それまでずっと黙っていた秀二郎が、梅の前に進み出た。梅がゆっくりと顔を上げる。 「俺、お梅はんがこれから自分の力で生きられるよう、手助けします。お梅はんが苦しかったんは、決められた箱の中でしか生きられへんくて、そやのにそん中で虐げられて生きてきたからやと思うんどす」  一言一言噛み締めるように言って、秀二郎が梅に手を差し出す。 「まだ、諦めんでください。誰かに頼らんでも生きられるようになったら、きっとお梅はんも幸せを掴めるはずどす」  梅は秀二郎の手をじっと見つめた。  きっとこの手を取ることは、梅にとってとても勇気のいることなのだ。  梅は自分の手をぎゅっと握りしめて、何度も迷うように指先を動かして――やがて、一歩足を踏み出すと、ためらいがちに秀二郎の手を取った。
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