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沖田はひらりと手を振って、踵を返した。一人残された花は、充てがわれた部屋に入ってみる。
「うわ……」
実際に入って戸を閉めてみると、想像以上に狭く感じた。
しかしここに来てからずっと息つく暇もなかったのが、ようやく落ち着くことができた。戸につっかえ棒をして、ずるずると畳に横になる。
タイムスリップと、このストラップって何か関係があるのかな……。
袴と長着を脇に置くと、ストラップを顔の前で揺らす。月明かりに照らされたそれは、現代で見たときより色が薄くなっているように見えた。
青い石を摘まみ、くるりと回してみる。何も起こらないものの、指先が痺れるような感覚がした。
買ったときには何の変哲もないストラップだったはずなのに。
ストラップを置くと、目を閉じて記憶をたどる。九歳のとき、お小遣いを貯めて父親の誕生日プレゼントにと買った安物のストラップ。あげたとき、無口であまり感情を表に出さない父親が、ほんの少し笑ってくれたのを覚えている。
もしかして……父親も十年前のあの夜、自分と同じようにタイムスリップしたのだろうか。
おぼろげな父親の顔を、頭に思い浮かべる。
もしもお父さんがタイムスリップしていたのだとしたら、私は――。
花は寝返りを打って、ぎゅっと身体を丸めた。
これからのこと、この時代のこと……父親のこと。考えていると、そのうち抗いがたい眠気に襲われ、ゆっくりと意識を手放した。
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