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「法の何たるかも知らないようだね。時の時勢と政治によって、幾らでも姿を変えるのが法だ。解釈次第で法は変わる。そして、君たちが言う証拠だ自供なども不変ではない。殺人すらも見方と時勢が変われば正義となる。そして、君の手には物証も何もない。違うかね?」
笑みを乗せて言われたその言葉に、大城は口角を上げた。
「そうだよ。証人となるべき人間は、全部あんたが消すように指示したんだろう? ご丁寧に、次から次へと。大変だっただろう? 手間の掛かる仕事をしてくれちゃって」
「何の話かね。誘導尋問のつもりなら、相手を間違えたと思った方が良い。私はこれでも、警官を育てる仕事をしていてね」
「講釈を垂れるのは、講義の中だけにして置いてくれませんかね。ちなみに、アンタみたいな殺人鬼の、胸くそ悪い講義なんざ、聞く耳もないが」
向けた銃口の先に、苛立ちを浮かべた黒沼の顔があった。
トリガーに指をかけた、その時だった。
「……所長!」
銃声が一発、大城に向かって放たれた。反対側のラボ入り口から発せられたそれに、応戦すべく二発を打ち返すが、その間にも弾は飛んできた
「……ッ」
やっぱり、プロを引き込んでやがる。
ビルの中には警報が鳴りはじめていた。
咄嗟に薬品棚の背後に身を隠したが、直後に銃弾が追ってくる。
砕け散るガラスビーカーと、備品が空を舞う中、ステンレス製の棚へと身を屈めて移動した。
はあ はあ
弾倉には、残り二発だった。
「っくしょう……!」
腹の一部がまるで火が点いたように熱い、と感じたのはその時だった。
飛び散るガラス片で、何カ所かを切ったのは感覚として知っていたが、その熱さはただ嫌な感触だった。
触れた脇腹に、生暖かく濡れた感覚を知り、顔を歪めた。
「一昔前の刑事ものじゃ、ないんだからさ」
やめてくれよ、こういうの。
この街には似合わないんだよ、ドンパチなんて。
口の中でつぶやくと、一息を吐き出して再び銃を握りしめた。
痛みに変わる前に、始末を付けなければならない。
大城は、棚の向こうの気配を伺う。
……カチャ
微かな音は、装填された音だった。
次の瞬間、大城は構えた銃を向けて飛び出した。
「黒沼ァ!」
こちらから撃ち込む間もなく、オートマチックを構えた男が二人こちらに向かうのが見えた。
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