八章、そして終章へ

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153  パトカーの赤いランプが、夜を異常な様相へと変えていた。  稲垣は息を吐きながら、覆面車両に寄りかかった。  疲労が、ピークを越えていた。  最後に満足な睡眠を取ったのは、一体いつの事だったのかさえ、記憶にはない。  だが同時に、眠気は不思議と襲ってこないのだった。  それは、恐らく同僚達の存在だと知っていた。  こうしてため息をつく瞬間にも、目の前では現場検証にかかる連中の姿があった。  そして無論、視界には入らなくても賢明に事件を解決しようと今を燃やしている仲間の存在があるからだった。 『……今、課長にも報告したところよ。じんたねの殺害犯が彼女のストーカーだったわけでしょう。嫌な感じだけど、篠宮あすかの方は少し様相が違うの。作品に対する執着もさることながら、一度ネットに流出した彼女の容姿に勝手な片思いをした、ってところかしら。酷いものよ、メールが日に何度も。自宅を突き止めるような勢いよね、これは』 「そして、現に自宅を突き止められたってわけですか」 『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。彼女の交友記録から見ると、このストーカー行為をしていた人って、元々は作家仲間だったみたいね。SNSで繋がって、そうして恐らく彼女自身が避けようとしても、間接的に接触が途切れることはなかった』 「じゃあ、殺害に至った経緯は不明だが動機はあるって感じですか」  そう言って、稲垣はネクタイを緩めた。  こんな夜間にネクタイもなにもあったもんじゃないんだろうが、どうしても習い性というものは抜けない。 『どちらかというと、経緯は明らかだけど動機が不明ってところかしらね。篠宮にウソの情報を流していたのはどうやらこの人物なんだけど、情報が偽であることを気付いた篠宮に問い詰められたのが、直接の動機でしょうね』 「嘘の情報、とは」 『あら、ご存じなかった? 篠宮あすかが言ってたそうじゃない、川口祐海はゴーストライターを使ってるって。それが、この人物からの嘘情報だったのよ。気を引きたかったみたいね、誰も知らない秘密を共有することで親密度も上がると思ったのかしら』 「……ああ、そんな話もありましたね。何しろ、被害者と事件の数が多すぎましたよ、マチルダさん」 『刑事のそういう言い訳は、聞きたくないわね。集中すれば記憶力も上がるらしいわよ』 「集中できるほどの余裕が」
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