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『警視庁から各局、警視庁から各局。警官を殺害後に逃走している大城密が目撃された。尚、逃走犯は拳銃を所持している。繰り返す……』
スピーカーからは、否応なく繰り返される警報が、課長の眉間に深い皺を刻んでいた。
「……全く。所轄をなんだと思ってるんだ」
常日頃は、間違っても口になど出さないと決めている言葉が、思わずにじみ出るようにして発せられる。
「課長! 本店の車両二十台が現場に急行していると、たった今街頭カメラに……」
「場所は!」
「谷町ジャンクションを通過したところです! 恐らく、内部処理班も向かっているはずかと……」
サイバー課から飛び込んで来た部下が、血の気の失せた顔でそう言った。
「……くそっ、何が何でも、罪をなすりつける気か……!」
稲垣を始め、部下には既に指示を飛ばしてあるが彼らが本庁よりも早くに到着できる見通しは半々だった。
幸いにして間に合ったとしても、そこから大城を本庁に見つけられずに逃走させることは難しい。
万一、その行為が認められれば殺人犯の逃走幇助という罪に渋谷署刑事課全体が手を染めたとされても文句は言えないだろう。
どうする、時間がない。
焦りが汗よりも課長の顔に浮かんだ、その時だった。
「……課長、男性の遺体が転がっていると、通報が……」
「なんだって。酔っぱらいか?」
「いえ、それが……六十代後半、ベージュ色の薄手コートに免許証を所持。最寄りの駐在が対応をしているようで、電話を寄越していますが。どうしますか、警官を向かわせますか。……どうやら、射殺されているようですが……」
「射殺? おいおい頼むよ、これ以上の事件はもういらんぞ。害者の身元は」
「奏ちよ、と免許証にはあるそうです」
その名を聞いた時に、課長の記憶の隅で何かかが引っかかった気がした。
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