殺戮という名の日常

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 着席の号令に合わせて椅子に腰を下ろした香織の意識が遠のく。これからこの教室で行われる事全てが香織にとっては日常を通り越して空気と変わらない物に感じられるようになってから香織は窓の外を見ている事が多くなった。  窓の外にある景色も殆ど変わらないとはいえ毎日違う。飛んでいる鳥の数、雲の形。そんなものを眺めながら時間が過ぎるのを待つ。  それが彼の教えを守ろうと香織の身に付けた術だった。  香織が女性教師の話を聞いていない間に、編入生が紹介され簡単な自己紹介が行われた事。そんな普通の学校ならレアな朝礼も香織にとっては空気と同様にそこに存在する物でしかない。 「それじゃあ…………香織さん」  香織に空気以上の感覚を思い出させたのは女性教師が「この学園の起こりと環境について述べよ」と香織を指名した事だ。普段なら女性教師がさらりと説明して終わるこの行為が乱れた事で香織はようやく意識を現実に戻す。  香織はゆっくりと椅子から立ち上がり口を開く。 「ここは祐宮学園(サチノミヤガクエン)、名前の由来はこの島の名前が祐宮島である事から。ここに集められた生徒は両親を失い引き取りてのない義務教育が済んでいない子が対象。2031年に開校した政府直轄校で全寮制。生活に必要な最低限の物は支給される。以上です」  普段の教師の説明をさらに要点を纏めて述べる香織。聞いていないのにこれだけしっかりと説明出来るのは香織自身がこの説明を何百という回数も聞いているからである。 「よろしい、座りなさい」  女性教師の言葉に座り直す香織。普段と少し違う朝礼はそのまま香織の意識が遠のく間を与えずに終わった。 「それでは授業に向かいなさい」  女性教師の言葉に従うように生徒達が席を立ちそれぞれに移動を始める。  座ったままの香織には視界の隅でナオが年少の子らに腕を引かれて教室を出て行くのが見えていた。それでも香織は声をかけるでも輪に混ざるでもなく皆が教室を出て行ってからようやく動きだし一人で授業に向かった。
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