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「川奈部綾香です。来月で二十四歳になります。仕事は美麗と同じ婦人服の販売です」
『です』の『で』と『ます』の『ま』を、ひときわ高いトーンで発音しながら彼女が自己紹介を終えると、一斉に男たちの質問が飛んだ。
「綾香ちゃんか、芸能人みたいな名前だね。どんな字を書くの?」
「趣味は?」
「カレとかいるの?いるよねえ、こんなにカワイイんだもの」
「えっ?別れたばかり?そいつ見る目ないよなあ。オレ立候補しちゃおうかなあ」
そこへ、ジョッキに入ったビールが五つ運ばれてきた。
「では、今夜の素敵な出会いと、ちょっと早いけど綾香ちゃんの誕生日を祝ってカンパーイ!」
長身イケメンがジョッキを高々と持ち上げ、場慣れした口調で音頭をとる。美麗の誕生日はあっさり無視されたらしい。
「カンパーイ!」
カチンカチンとグラスの触れ合う音がして宴が始まると、あとはいつもと同じ、美麗が予想した通りの時間が流れた。
男たちは綾香に話しかけ、綾香の話を聞き、綾香のメアドを聞き出そうとする。完全に放置された美麗はそれでもニコニコしながらみんなの話を聞き、相槌をうち、料理を取り分けたり空になった皿をテーブルの隅に寄せたりしていた。
黒ぶちメガネだけは時々美麗に話しかけてきたが、気を遣われていると思うと、彼女はかえってうっとおしかった。
――あたしは自分の役割をちゃんとわきまえているわ。放っておいてもらうほうが、ありがたいのに。
二時間ほどで居酒屋を出ると、長身イケメンが
「もう一軒、行こう。静かな店で飲みなおそうよ」と提案した。
しかし綾香が明日フラワーアレンジメントの教室があるので今日は早く帰りたいと断ると、
「そっか、残念だな。じゃ、駅まで送るよ」と、あっさり引き下がった。
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