出会いの季節

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春の暖かな日差しを浴び、真新しい制服に身を包んだ少女が1人、道を歩いている。 現代では見かけなくなった、黒縁の真ん丸フレーム眼鏡をかけ、髪は肩より少し長く、三つ編みでまとめられている。 彼女の名前は遠山遥。 この日彼女は高校1年生となり、その入学式の帰り道である。 普通であれば、大人への階段を一段上り、新しい環境に胸を躍らせそうなものなのだが、彼女はうつむきがちに、負のオーラを放ちながら、帰宅する為に駅へと歩いていた。 「本当に、入学してしまった。私は何でもっと勉強しなかったんだろ……」 誰に言うでも無く、独り言を誰にも聞こえない程の、か細い声で言い続ける姿は、すれ違う通行人には奇妙に映り、誰もが彼女から距離を取ろうとする。 そして彼女が着ている制服にも、人を遠ざけてしまう原因があった。 遠山遥が入学した高校。 咲芽名(さがな)高校は、この地域では有名な公立高校で、落ちこぼれの集まりである。 咲芽名と言う学校名は本来、~未来を担う若者達の名~という願いを込めて名付けられたそうだが、その願いもむなしく、地元民からは別の意味で呼ばれている。 ~さき(咲)が(芽)無い(名)~。 地元では、この高校に入る事は、この先の人生が見えないという、悪評がたっていた。 勿論、学力的には底辺に近く、素行も評判も悪い。 公立であり授業料は安く済むが、人事異動でこの高校に来る県に属した教師達の中には、異動前に退職願いを出す者までいると言う。 そんな高校に入学してしまった遥は、勉強してこなかった過去の自分を悔いながら、独り言を続けていた。 「こうなったら、不良高校を舞台にした小説を書いてやる」 そんな事を言う遥の趣味は、小説を書くことだ。 本人は本気であり、将来的には仕事にしたいようで、ネット小説や、出版社に作品を送ったりしているが、その努力が報われる様子は無い。 そして、この趣味に没頭してきた為に、勉強する事無く、この咲芽名高校以外の進路の選択肢が無くなってしまったのだ。
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