Courante

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風間は振り返った。そこには漆黒の髪を持つ華奢な青年がいた。 (あれ…この人見たことある気がする…) 風間が凝視していると、青年は咳払いをして近づいて来た。 「さっきから弾いているアルマンド、音が違う」 (へぇ…この人耳がいいんだな…) 風間はケルナーのアルマンドを弾いた。 「そう、そこ」 「ふーん…」 長くなった前髪が邪魔だった。 「もしかして、アンナ・マグレーナ派?」 風間はB♭を弾いた。すると青年は「あ、これならよく聴く音だ」と言って目の前にある椅子に座った。 風間は最初から無伴奏チェロを弾き始めた。 「バッハの無伴奏チェロはすべて正しい音で弾かれているわけじゃないんだよ」 「君、ここの生徒じゃないだろ?」 風間はオニキスの双眸を見て口の端を上げた。 「正解。なんで分かったの?」 「君がここの生徒なら直ぐに見つけるからさ」 (あ…この人ここの人じゃないのか) そうと分かると風間は部外者から挑発されたことになる。今時アンナ・マグダレーナなんて誰も聴かないだろ。風間は手を止めた。 「あなたも部外者でしょ?」 「まぁね。後輩がここにいるんだ。もしかして、君はこの音大を受けるのかい?」 「はい。推薦で」 (後輩がいるということは…この人OBか何か何だろうか?だったら耳が良いのも分かる気がする。しかしこの人…俺を見すぎ…) 嫌でもわかる目線に耐え兼ねた風間は、そう考えながらチェロをケースにしまった。すると青年の腕が伸びてチェロのケースに触れた。 「なら…君、僕の為にチェロを弾く仕事をしないかい?勿論、住み込みで。僕の家、ここの近くなんだ。寮もあるだろうけど、稼げるし近いし便利だと思うけど」 (え、ちょ、ちょっと待って。この人ちょっとヤバい…) 風間はもしかして危ない人に目を付けられているのではと思った。もし狙いがこの音大生ならば、自分に災いが降りかからないだろうと思って答えた。 「でも、俺まだ受かるどころか受けていないし」 「僕の目に狂いはない、君は必ずこの音大に合格する」 (ちょっと待て。アンタ何様ですか?) 流石にこの言葉は口に出すことが出来ない。
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