Courante

4/25
前へ
/38ページ
次へ
風間は、どうやって自分に害も受けずに丁重に断るか考えた。 「とても魅力的な条件ですが、何で見ず知らずの俺にそんな事を?」 青年は口の端を上げて笑った。 (俺はこの笑い方を知っている。獲物を見つけた狩人の顔だ…) 「僕の理想の弾き方で弾くからだよ。チェロ、僕の為に弾いてくれないかい?」 (……え?) 「え…と、もう一回聞いていいですか?」 「だから、君の弾き方が僕の理想そのものだから、奏者として雇われて欲しいって言ってるんだよ」 風間は己の心臓が早鐘するのがわかった。この変人は、自分の技術を買おうとしてるのだ。 「どうかな?」 風間の答えは直ぐに出た。 「Ja」 (あの時は完全に俺の気の迷いだった。そして今もだ) 学校を出て電車を乗ったはいいが、暫くして山手線の反対に乗ってしまったと気付いた。 風間は、習慣は怖いなとしみじみ思いながら、今の家とは逆の有楽町へ降りた。 考え事しながら電車に乗るべきじゃないな。と思いながら反対側のホームへ行こうとした。 「あ…そういや一昨日から映画上映されたんだっけな…」 改札前に貼られた映画のポスターを見ながらそう呟いた。 風間は腕時計を見、スマートフォンを取り出して電話を掛けた。 『やぁ、学校終わったのかい?』 「はい。終わりました」 電話の相手は今の家主である天王寺彩であった。 『わざわざ電話するという事は、この後出掛けるのかな?』 「はい。有楽町で映画を観ようと思いまして」 少し沈黙になった。風間は今日は奏楽の予定が入っていたのだろうかと少し焦りながら手帳を見た。 『有楽町ね。丁度いい、僕は今神田にいるんだ。映画の後食事をしないかい?』 「いいんですか?」 『勿論。映画を観終わったら東京駅で食事をしよう。じゃ、着いたら連絡して』 「わかりました」 そう言って電話が切れた。風間はこうサバサバした感じのやり取りが一番楽だなと感動しながら、有楽町の改札を出た。 (サバサバし過ぎるのも拍子抜けするけどな) 風間は、気の迷いでチェロ奏者の仕事を受託した事を両親に告げた日を思い起こした。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加