Prelude

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東京の夏は暑い。 ビル熱とアスファルトの照り返しが気温を上昇させ、更にビル風が熱風を運ぶ。 それだけが原因ではないが、一日に何人かは熱中症により倒れ病院へ搬送される。 しかし、都会には良い所がある。 例えばアミューズメントやサービスが充実している、等。 休日になると家族連れがデパートや遊園地に行き、レストランで食事をする。 休日でなくても、夜は街の光が輝き、カップル達は愛を語らう。中にはこの夜景を百万ドルの夜景と称する者もいるが、へたしたら百万ドルどころではない電気消費率だろう。 それが東京。 そんな東京の中心地とは少し離れた場所、都会に似つかわしくない森林が都内に存在していた。 勿論、自然の森林ではなく人の手で植えられた木々で、その森の奥へ進むと豪邸が建っている。 門は、白い壁にアンティーク調の黒い格子門。その向こうには噴水がある。 その先に建っている豪邸は白塗りに焦げ茶色の窓枠があるモダンな二階建て。 部屋は八つあり、一階の各部屋の壁には本が敷き詰められている。天井が高いため、別名図書館と呼ぶ者もいる。 この豪邸の持ち主は若手のデザイナー。インテリア兼グラフィックデザイナーで、趣味でイラストレーターもやっている。ちなみに設計を手掛けたのもこの持ち主。 名前は天王寺 彩(テンノウジ サイ)、二十二歳。 起床から就寝までクラシック音楽を聴かなければ苛立ってしまう程クラシック音楽を愛している変わった人間である。 その割りにはあまりクラシックには詳しくはない。好きな曲を永遠と聴き続けているだけである。 今朝も特にお気に入りの曲である、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した無伴奏チェロ組曲第一番のレコードを聴きながら朝食を取っていた。 正午前、自身が描いた挿絵が載っている小説を読みながら珈琲を飲んでいると、机上にあるスマートフォンが振動し出した。 一瞬ならエアメール。数回なら電話。 振動が継続することから電話だと気付いた天王寺はスマートフォンのディスプレイを見た。そこには高校時代の後輩の名前が出ていたので、画面に親指を置いてスライドさせて耳に当てた。 「もしもし」 『天王寺先輩お久しぶりです。元気にしていましたか?』 電話越しの声は、小鳥のような可愛らしい声色で、天王寺はこの声が気に入っていた。
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