Courante

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放課後、チェロの練習をしようと音楽担当である担任に音楽室を借りて教室に入った。そして音楽準備室に入ってチェロが収められているケースを取り出して教室に戻った。 近くにあった譜面台と椅子を取って座り、鞄から楽譜を取り出して譜面台に広げた。この楽譜は、引っ越した日に部屋の本棚にあったものだった。 風間は一通り譜面を読んで笑った。これをチェロで弾くのが俺は。 「そもそも弦楽曲じゃないんだよ」 ならば何故この曲を演奏しようとしたか。火曜日になると天王寺の部屋から亡き王女のためのパヴァーヌが流れていたからであった。 あんなに拘っていた無伴奏チェロ組曲もすっかり聞いていない。最近は曜日毎に違う曲にしているようだ。ちなみに今朝はショパンの夜想曲特集だった。 風間はケースからチェロを取り出して目の前の譜面を見ながら弾いた。 「困った。神が降りて来ない」 次の日の朝食の席で目の下に隈を作った天王寺が現れ、風間は思わず席を立って駆け付けた。 「もしかして、完徹ですか?」 「いや、きっかり二十二時に寝たさ」 そう言って天王寺はテーブルの席に座ってナフキンを着けた。風間はディスペンサーに入ったコーヒーをカップに注いで天王寺の前に置いた。 「でも隈ができてますよ?」 「ストレスだ。依頼された挿絵の構図が思い付かなくて」 天王寺はカップを手に取り飲む前に匂いを嗅いだ。 「甘いねぇ…これブラジル?」 「はい。そう書かれてました」 「なるほど」 天王寺はニコニコしながらコーヒーを口に含んで味わった。 「天王寺さん、今日演奏しましょうか?ひょっとしたらアイディア浮かぶかもしれませんよ?」 「それは名案だ!早速今日の夜に頼むよ」 「かしこまりました」 風間は手帳に“夜、演奏”と書いた。チラッと天王寺を見ると、自分の世界に入っているらしい。何処かを向いて笑っていた。
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