Prelude

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顔は自然と笑顔になり、相手がどんな表情でこの電話を寄越したか想像しながら応答した。 「元気だよ。君は元気かい?」 『はい、元気です。ところで先輩、九月の上旬に文化祭をやることになったので、是非来て下さい。いつも通り受付で先輩の名前を言っていただければ直ぐに通しますので』 「ああ…もうそんな時期か。いつもありがとう。遊びに行くよ」 『お待ちしております。それでは、お体に気を付けて』 「じゃあ」 そう言って電話を切って机上に戻し、小説の続きを読んだ。だが、先程の電話の相手の高校時代を思い出したため本に集中出来なくなり、座っていたソファーに横になった。 そうなったら想像の世界に身を任せて思い出せるだけ思い出し、底が尽きた時にまた作業に取り掛かろう。そう思って目を閉じた。 それは仕事でもそうで、アイディアが浮かぶまで想像の世界に浸り、急に浮かんだものを作り上げるとそれが意外と高評価であって。 こうして幾つものアイディアを売り込んで食い扶持を繋いで、今や僅かな期間で何百坪の土地と豪邸を手にし、自宅で仕事が出来るくらいに出世した。 その経緯があるため、一度脳内整理を始めたら従わなければならないのである。 記憶の中の高校時代。後輩が入学した時から音楽素質に磨きが掛かり、大会へ出ては幾つかの個人賞を貰っていた。そしてその頃には今在学中の有名音楽大学に目を付けられていた。 その後輩は漫画の世界の主人公の様な気質で、どの楽器も使いこなせるという類稀なる才能の持ち主である。 天王寺は更に記憶を引き出そうと試みたが、何処からか「ブチッ!」と何かが切れる音がしたため起き上がった。寧ろ何が切れたか分かっていた。 天王寺はレコードプレイヤーが置かれた場所へ急いで駆け付けた。そして音切れの原因を探したがレコードの外傷やカートリッジ、ピックアップの故障ではなかった。 もしかしてアンプに原因があるかと思い、レコードを外してターンテーブルを外そうとしたら、別の場所から「バチバチッ!」と電気音が聞こえ、レコードプレイヤーの電源コードを見ると傷が付いて導線が少し切れている状態だった。 よく音が出たなと思う半面、火事にならなくて良かったと安堵した。
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