Courante

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「な、何で?」 「今朝とは違う反応だからね。君、案外わかりやすいよ」 天王寺はフッと笑いながらテーブルを拭いた。 風間は顔が赤くなるのを感じ、天王寺がテーブルに拭いていたタオルを奪って溢したカフェラテを拭いた。 「別に隠すわけじゃないですけど、彼女ができました」 「おお!おめでとう」 「仕事は怠らないので心配ご無用です」 「ははは!僕は君が公私混合する子だとは思ってないよ。だから今日の曲を期待してる」 天王寺は微笑みながらカフェラテを飲み干した。 その日の夜の演奏は上手く弾けた筈だった。 「うん。上手だね」 そう。楽譜通りに上手く弾けただけだったのだ。天王寺の一言で風間は悟った。 風間は「ありがとうございます」と言ってお辞儀をし、チェロを拭いてケースにしまった。天王寺の視線を感じながら。 「そういえば昨日はすまなかったね」 「何がですか?」 「君の部屋で寝てしまった事だよ」 パチンッ…ーー 留め金具の音が響いた。 「部屋に運んでくれたんだろ?」 「あ、…はい」 風間は自分の心臓が早鐘するのを感じた。 「ありがとう」 「いえ、どういたしまして」 顔を上げる事が出来なかった。 天王寺は去り際に風間の頭を撫でて部屋居間を出た。 風間は撫でられた部分に触れて溜息を吐いた。 (やってしまったな…これで解雇だな) 天王寺は風間の腕を買って演奏者として雇ったのであって、ただ上手く弾ける者として雇ったわけではないとよく分かっていた。だから演奏後に言われた「上手だね」という言葉には危機感を覚えた。 天王寺は上手さを求めていない。 風間はチェロケースを抱えて居間を出ようとドアノブに手を触れた瞬間、勝手にノブが回りドアが開いた。 ドンッ!!ーー 「いてっ!」 「うわっ!ごめん!大丈夫かい?」 「あ、いや、大丈夫っす」 ドアが風間のおでこに当り赤くなっていた。天王寺は「保冷剤!」と言って出ようしたが、風間は慌てて天王寺の腕を掴んで止めさせた。 「大袈裟ですよ」 「いや、でも一応頭部だから」 「石頭なんで大丈夫です。ところでどうしたんですか?」 「あー…明日も演奏を頼もうと思って…」 「え…」 思わず手に力が入った。天王寺が痛そうに表情を歪めて初めて天王寺の腕を掴んだままである事に気付き、サッと腕を離した。
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