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「九石です」
「は? さざらし?」
「私の名前」
下の名前を馴れ馴れしく呼ばれたことに思いっきり不快感を示してそう言うと、チャラ男は一瞬キョトンと目を丸くした。
ここで空気を読んで立ち去ってくれたなら、まだ見上げたものだと思ったけど。
この男には、どうやら通じなかったらしい。
「さざらしって、名字?」
「はい」
「へえ~、珍しいね。どんな漢字書くの?」
「……………」
──── ああ、本当に察しが悪い。
会話の糸口を掴んだとばかりに目をキラキラさせて身を乗り出したチャラ男を、私はウンザリと見返した。
このテのタイプは、きっと正攻法では退いてくれない。
空気を読めと言うほうが、所詮ムリな話なのだ。
江戸切子のグラスをコトンとテーブルに戻し、私はニッコリと笑顔でチャラ男に向き直った。
「私、人を殺したことあるの」
「………………」
チャラ男の顔が、一瞬でシラケたように表情を無くしたのがわかった。
今日初めて私が笑顔を見せたことで、心を許したと勘違いしたのだろう。
爽やかな笑顔に反した殺伐とした私の言葉は、相当パンチが効いていたらしい。
チャラ男はキョドったように、瞳をウロウロとさまよわせた。
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