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未来が、うるんだ瞳を大きく見ひらく。俺は意地悪く、冷たい声で言ってやった。
「違うだろ?」
未来は何を言われているのかよくわかっていないようだった。さっきのように不安げな表情を見せてくる。
「未来が俺としたいのは、ホントはもっと――」
その唇は力なく開いていて、やっぱり誘っているように見える。
「別のことなんだろ?」
言いながら、身をかがめて、唇で口先に触れてやった。
押し付けるように、自分のそれを重ねる。未来はその場で固まった。
何がおこったのか、理解できないという表情のままで、瞬きさえせずに。
それを見ていたら、可笑しくなってちょっと笑ってしまった。なんだか、してやったりという気分になる。
「未来?」
しばらく棒のように突っ立っていた未来は、急にへにゃりと玄関先に座り込んだ。目の焦点が全然あってない。茫然自失というやつだ。
「……やれやれ」
俺はため息をつくと、未来を抱えて部屋に戻り、ベッドの上に寝転がらせた。
それでも未来は人形のように動かなかった。スマホを取りだして『ごめん。やっぱ無理。行けそうにない』とメッセージを打ち込む。横向きの未来を跨いで背中側に行くと、俺も横になって未来が正気になるのを待った。
大丈夫、とか、俺もお前のことが好きだったんだ、とか、かける台詞はいくらでもあったけど、あえて黙っていた。
いつも我儘で意地っ張りな未来が、素直になった時どんな言葉を聞かせてくれるのか、それを本人の口から言って欲しかったから。
上から覗き込めば、未来は顔から耳から真っ赤にして、どうしたらいいのかわからないといった顔で呆然としていた。
見ていると、また頬が緩んでくる。
うなじにキスしたら、小さく震えた。
俺はそのまま、浮かんでくる笑みをこらえつつ、未来が答えてくれるのをゆっくりと待つことにした。
―終―
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