1人が本棚に入れています
本棚に追加
また音が聞こえる。
いつの頃からか聞こえてくる音色。
お世辞にもうまいとは言えないが、全くの下手くそとも言えず、私の耳にいくつかの壁を通して聞こえてくる。
おそらくは、私の住んでいるアパートの住人の誰かが引いているのであろうが、誰が弾いているのかは知らない。
ブーン、と壁に立てかけてあったギターが唸りを上げる。
隣の住人の物音で唸りを上げたそれは、今の私には弾いてくれ、と懇願しているようにしか聞こえない。
ああ、また悪い癖だと思いながらも、私の手はひとりでにギターを手に持ってしまう。
何故か、一人暮らしをするにあたって実家から持ってきてしまった古臭いギター。
チューニングすらもまともにしていないそれは、このピアノの音が聞こえてくるまでは、完全に部屋の背景と同化していたのだが、不思議なことに最近ではそのギターが輝いているようにすら思えるのだ。
小さく、そしてこわごわと指が動く。
不格好な音が部屋の中に響く。
五畳半の小さな部屋が、途端に広く見える。
小さなその部屋の中で、私はピアノの音に耳をすませながら、ギターの弦を弾く。
コードもろくに理解していない私には、とてもまともな音は出せないが、あのピアノの音色にギターの音が混じり合っていくだけで満足だった。
気分が高揚し、おもわず足でリズムを取る。
音に合わせてめちゃくちゃな歌詞が私の口から飛び出す。
「ラッタッタッタ~ラッタッタ~」
ジャカジャカとギターの音がうるさいくらいに響き渡る。
ああ、なんて楽しいんだろう・・・・・。
ガン、と音が聞こえた。
その音が響くと同時に、私の手は止まる。
「・・・・・また、やってしまった」
隣の住人の怒りの音色に、私はしゅんとしながらギターを下ろすのだった。
最初のコメントを投稿しよう!