その1 一日め それは朝一番の電話から始まった

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今日はゴールデン・ウィーク後半の初日。 桜は異様に早く咲き、季節外れの暖気と寒気に翻弄された春先は、それでも着実に初夏へとバトンを渡していた。 絶好の行楽日和の朝、出かける仕度をしている最中に電話は来た。 電話の主は父である実家の父、尾上政。 受けた先は彼の娘の裕(ゆう)。 書道家として還暦をとうに過ぎた今も精力的に活動している政は、祝日はいろいろとイベントの予定があり、本人も忙しい。とはいえせっかくのゴールデン・ウィーク。四連休初日に家族・一族郎党で集まろうということになり、今日がその当日だったのだが。 「裕か?」 電話の向こう側の声は沈んでいた。 「何、お父さん」 ダイニングで娘と夫が朝ごはんの仕度をしている様子を横目で見ながら、受話器を顎で支え、裕は言う。 「ご飯食べ終わったらそっちに行くから。そうね、お昼前頃にはつけるかしら」 「うん……」 ほう、と父親は大きくため息をつく。 「今日の予定、キャンセルできないかな」 「どうしたの、何か変ね」 「あのな、母さんがな」 「母さん?」 ワンオクターブ上がった声に、食卓の夫と娘は裕のほうを見る。 「母さんが、どうかしたの」 「倒れた」 「ええ?」 母、加奈江は政の糟糠の妻だ。見た目はなよっとしているが、大変強壮な人で、滅多なことで風邪すらひかない健康体を誇る。健康診断の評価は常にオールA。年齢より若く見える上に体内年齢もすこぶる若い。しょっちゅう熱を出し、寝込み、うんうん唸る夫を看病し、背負って近所の病院なら余裕でかけつけられるくらいの元気の良さから推し量るに、成人病のかけらも見られない人ではあるのだが。 これは、鬼の霍乱だ。
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