幸せの香

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うっすら暗い帰り道、今日の雲はどんな形だろう。たくさんの表情をみせる空はまるで水彩画のように優しい色をしていたね。空を見上げながらおうちの前を通ると幸せの香がしたよ。ぐぉんぐぉん唸る換気扇が息を巻く。ここの晩御飯はカレーだね。うちのご飯はなんだろな。 あ、獅子唐はやだって言ったのに。お兄ちゃんと二人、よく鼻をつまんだね。 梅雨、雨上がりに歩く道。雨の香がするよ。土の香も混じってた。 夏、ちょっとてきとーに取り込まれた洗濯物。お日様の光を浴びてあっちっち。顔を埋めれば優しい香がしたよね。 パパとお兄ちゃんと行ったプール。焼けたプールサイドを皆で走ったね。飛び込む前にしたプールの香。あのドキドキはいつまでも消えないね。 お兄ちゃんについていった駐車場裏のどぶ。結局大人のザリガニを触ることはできなかったけど、未だ覚えているよあのどぶの香。 秋、金木犀を見つけたよ。ママが好きだって言うから、その香がもっと好きになったんだよ。 冬、お風呂に入るよ。蓋を開ければ立ち上る入浴剤の香。ママは森林の香が好きだったね。 外から帰ってきたパパのほっぺは冷たくてじょりじょりしてたね。なんでだろう。冬の香を持ち帰ってくるのはパパだけだったね。 ふーっ、ろうそくの明かりが消えたよ。臭いけど臭くない。歌を歌うことはなかったけど、その香だけで満足だったよ。 ママが言ったよ。マッキーもマニキュアもシンナーって言う薬品の臭いなんだって。鼻につくけど好きな香だって言ったらママも頷いてくれたよね。 新しく張り替えた畳。いぐさの香が大好きだった。 朝、一番乗りで教室の扉を開いたよ。むわっとこもった空気を全身で受け止めた。古くさい香が好きだった。 だだいまー。おじいちゃんおばあちゃんの家は不思議な香がしたね。 いつだって幸せの香はそばにあったよね。なのに、いつからだろう。息がうまくできなくて、幸せの香を忘れていたね。 ほら、大きく息を吸って。幸せの香はいつだってそばにある。 もう大丈夫。きっともう、幸せの香のことを忘れることなんて無い。ずっと一緒にいよう。どこまでも。 君がいるところに幸せはあるんだ。
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