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「例えば小説のくどさに比べれば、この事件は簡単かつ明解なんだ。
私は君を片時も忘れたことはないし、この境遇も楽しめてしまう。
だからそんなに悩む必要はないのだよ」
床に転がった遺体をよそに進藤カナタは僕を引き寄せて囁いた。
カナタはいつだって、細い腕で僕を包んでくれる。
背も高くて、ルックスもホストみたいだ。髪の毛もさらさらしている。香水を少しつけていて誰でも振り向く美男子だ。
だけど、この場所が尋常な現場ではないこともカナタは理解してる。
それが僕には恐ろしくて仕方ない。
「人が死んでるのに何を言ってるんだ、その口は!」
「何かおかしなことをいったかな。
私はこうしてセツを抱き締めたいだけなのだが」
「いいから、警察連絡しろよ。
警察と救急車!」
僕はもう少しくっついて居たかったけれどまさか毒殺死体の前でいちゃつく分けにはいかない。
周囲には人も居る。ひとりや二人じゃない。沢山居る。ここは一流ホテルプラトニックのレストランだ。
いきなり人が倒れたことでパニックを起こしている。
悲鳴に囁き、椅子から立ち上がる音、遺体を前に周囲は騒いでいる。
冷静で居られるわけがない。それは僕も同じだ。
それなのに。
そんな背景で求められることを僕はどこかで喜んでいる。
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