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『帰らないでって言ってたのに……』
家に入るとともに、頭の中で"声"が諦めたように呟く。まさか帰るなだなんて言われているとは知らない真綾がリビングから顔を覗かせ、微笑んだ。
大きな目に、黒の柔らかい髪質。竜也も母にそっくりだとよく言われる。中学三年生にもなって身長が女子とあまり変わらないのも、小柄な母の遺伝だと少し根に持っていた。
「おかえりなさい。手、洗ってね」
「ただいま」
真綾はいつもと変わりなくて、何も無いじゃないか、と竜也はその"声"に心の中で反論した。
『どうなっても知らないからね……』
そこまで言われると、不安になってくる。しかし、帰ってしまってはもうどうしようもないだろう。
『うん。もう間に合わない。家の中にいるしかないよ。最悪の場合ーー』
『最悪の場合?』
『君にはちょっと無理をしてもらえばいいだけのことだからね。本気を出せば絶対に大丈夫なんだから……』
声はそう言ったきり黙ってしまって、よくわからないまま二階の自分の部屋に入った。
一年くらい前から聞こえている、内側から聞こえてくる声。
時折、この先に起こることを教えてくれる点ではとても助かっていた。しかし、一週間ほど前からこの日は家に帰るなと散々念を圧され、何故かを聞いてもなにも教えてくれない。信じないのは当然だろう。
『なんで家に帰るななんて言ったの?』
『説明しても信じないよ……まあ、嫌でも後少しでわかるよ』
ため息をついて、数学の宿題を取り出した。
『変なこと言わないで、明日言われるはずのこの数学の答えを教えてよ』
そう聞いても、黙りを決め込まれてしまう。
意識を切り替えて、大人しく三角形の合同の証明に取りかかることにした。
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