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このところ雄弁だった穂積くんは無言だった。初めて会ったときと同じ、無愛想に海を眺めて。水平線は徐々に濁りだした。沖合は降っているんだろう。
「アンタさ、なんだかんだ言って旦那のこと好きだろ?」
「えっ?」
「違うか?」
唐突に言われて私は戸惑った。
「何故あんな人……。浮気して開き直って平気で私を傷つけて」
「ほら、そういうところ」
「だから」
「本当に嫌いだったら、そんな風に怒ったりしないだろ。怒るのは期待してる裏返しだと思うぜ」
ポツリ。こめかみのあたりに冷たいものが当たった。
「あ、雨」
「降り出したか」
「うん。え……?」
視界が暗くなる。顔に何かが押し付けられた。背中に回るのは大きな手。穂積くんに抱き締められていた。
「穂積くん?」
「黙れよ」
「ねえ、苦し……」
ぎゅっときつく、きつく抱き締められて、息も苦しい。穂積くんの胸を腕で押し返すけどびくともしない。抱き締められている間も頭や肩に雨粒が当たる。春とはいえ、まだまだ冷たい。
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