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すると、突然、勝手口の方からキィという金属の軋む音が聞こえた。振り返って勝手口を見ると、スウェットの上下を着た背の高い男性が立っていた。私は勝手口に背を向けて慌てて涙を拭う。更に軋む音が聞こえたから彼はドアをいっぱいに開けたのだろう。誰だろう……ここの管理人か、ひょっとしたら研修生……つまりはうちの会社の新入社員。裏庭用のサンダルを履いたのか、コンクリートの階段を擦る音がした。
「あ……やべ」
背後でそう呟いたのだ聞こえた。やべ……? 何故。私はもう一度振り返った。よく見ると若い男性、恐らくは新入社員の子。
「ちょっと。何してるの? あ……ねえ!」
彼は口元に蛍のような光を灯していた。煙草。研修中は全館禁煙、たとえ屋外でも許されてはいない。
「何してるの」
「ちょっと一服。見りゃ分かるでしょ」
「あのね、やめないなら人事部長に」
「言いつけるの? じゃあ俺もアンタが泣いてたのを言いつける」
「ちょ……!」
彼はクスクスと笑いながら鼻から煙を吐いた。私は諦めて、いや、呆れて叱るのを止めた。
「名前は」
「穂積。穂積孝宣。アンタは?」
「人事部総務の神辺晴香」
「よろしく」
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