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「…………シエナ?」
「なんで、あんたがここに……」
戸惑いを浮かべる赤い瞳。降りしきる雨の中、それでもなおハッキリ見て取れるその色に、思わず目をそらす。
「あ……ごめん、イヤなもの見せちゃって」
「いやッ、違──」
「違わないでしょ」
返さない。返せない。返す言葉は何もない。
「一度くらい、2人でちゃんと話し合っておいた方がいい」
それだけを言い残して、イロさんは去っていく。一度も振り返らなかったその背中。雨に打たれた後ろ姿は、どこか弱々しく見えた。
見送る2人。姿が見えなくなっても、その去っていった方から視線を戻さないまま、
「ま、目をそらしたことは別にいいわよ。あたしも、鏡が見れなくなっちゃってるから」
「身だしなみを整えるのも大変だな、それ」
「まったくよ」
冗談のような言い合いに、けどそこにあるはずの温度はない。
乾ききった声のまま、ただ漠然と会話を交わす。
そんなもの長く続くはずもなかった。
落ちる沈黙。雨音だけが耳を打つ。
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