除夜の鐘

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部屋に戻るころには、空がかすかに白んでいた。 空気はどこまでも澄んでいて、息を吸い込むたびに体内を浄化されるようだ。 また一年が始まるんだな、とおもった。 部屋の手前で、おれはふと、 「今年は一緒に年越し蕎麦食べたい」 なんて一年後の希望を伝えてみたが、幸は見事に無視をして、鞄から鍵を取り出し、何事もないように部屋に入る。 言葉を流されるのは、よくあることだ。 しかし、ふたりとも玄関に入ったところで、くるりと振り返り、幸は腕をおれの首にまわして顔をうずめた。 身体が、うずく。 が、おれも大人だから、すこしの理性をみせる。 「靴くらい脱ごう」 無言。 「除夜の鐘を撞いても煩悩はなくならないんだな」 無言、 かと思いきや、肩にうずめていた顔をこちらにむける。 「これは煩わしい悩みじゃない」 おお、そうきたか、 いやでも、漢字がそうってだけで、煩悩の意味合いとは違うんじゃないのか… って、ああ、もう、 その眼でみるな、キスしたくなる… 幸の手が、スウェットを探る。 冷たい指に、神経があつまる。 「原因はないんだ」 舌をはわせる合間、ため息のように幸はささやく。 「目的があるだけ」 目的… なんだ、むずかしいよ、幸成くん。 それは、あれかな、 教授の言う、純粋な、好奇心、てやつからくるのだろうか。
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