うまくなれるから

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「ほんと…かなわねーよ。…猫魔先輩は、完っっぺきだ。」 缶ビールを片手に、タバコの煙を伴って深いため息を吐き、孝次郎は冬の夜空を見上げた。 合宿所にしているペンション雪月花の駐車場。頭上には、オリオン座がくっきりと見えている。 缶ビールを雪に差して固定し、孝次郎はポケットから紙切れを取り出した。それは、今日行われたジャイアントスラロームの最終リザルトだった。 《男子制限滑降》 1位…斑尾 孝次郎 46”24 2位…雪原 真守 48”76 3位…高鷲 聡 49”35 4位…神平 忍 49”79 5位…岩原 哲雄 52”34 6位…戸隠 宏行 55”27 ・ ・ ・ ・ 参考記録…猫魔 雅貴 44”18 現役組、2年生で3年の先輩を全員抜いているとはいえ、自分は元、インターハイ選手だったこともある身。だが、猫魔が最終滑走を試み、そのタイムが自分より2秒以上も速かったことに、井の中の蛙の気分を味わわざるを得なかった。 しかも、15、6人が雪面を削るかのように滑走し、荒れに荒れたラインをものともせず、猫魔は現役生たちをごぼう抜きにしたのだ。 それからもう一つ。 前に猫魔がいること以上に、すぐ後ろには真守が迫っている。 もちろん、今回の結果を受けて自分の方がスキーの技術は上だと自負することができる。だが、そんな自分が教えても、真守は上手くはならなかった。そして、真守の最終旗門の接触がなかったら、と思うと、うかうかしていられない。 あの夜、猫魔と真守の間で何があったのか。いったい、どんな練習が行われたのか。 孝次郎はリザルトをしまい、横に差した缶ビールの残りを、ぐいっと飲み干した。 人を教えても、上手くすることができない自分。 自分の目指している理想のインストラクターからは程遠い。 これまで培ってきたはずの自信が、揺らぎ始めている。 このままじゃ、マズイ。 孝次郎はブンブンと首を振り空へ向かって叫んだ。 「俺は黄竜スキースクールのインストラクターだっ!!ぜってー!!もっと!!うまくなってやんぞーーー!!」 己を鼓舞するかのごとく、腹から声を出した孝次郎の横を、冷たい風が通り過ぎていった。
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