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その日の消灯前に、篠田が見舞いにきた。
記憶の中の篠田より、一回り身体が大きく。顔立ちも精悍に引き締まっていた。
「具合はどうだ?」
不安げに覗きこまれて、苦笑いする。
心配症な所は変わってないなと、記憶の中の篠田との共通点に、そっと息を着く。
今の所、具体的な問題はないがやはり3年分の記憶がないのは落ち着かない。
やっと見知った馴染みの感覚を取り戻してホッとした。
それなのに、今度はベッド脇の椅子に座って、黙ってこちらを見ている篠田の目に、別の意味で落ち着かない。
何故、あんな目で俺を見るのか。
まるで恋人でも見つめるかのような熱い視線に、頬がそまる。
そもそもそんな篠田を茶化さず、黙って恥ずかしさに堪える自分も信じられない。
だが、嫌ではないのだ。
篠田の目が大事なものを。慈しむかのような眼差しで自分を見るのを、止める気がしない。
一体。この3年の間に自分に何があったのか。
自分自身で確かに感じる感覚の意味がわからず混乱する。
まるで、篠田に恋でもしているみたいだ。
そう思った時、フとみた篠田の左の薬指に、光る指輪を見つけた。
ズキンッと、音を立てて胸が痛む。
三年は長い。
自分の忘れた3年の間に、篠田は一緒に生きていく人をみつけたのだ。
それがなぜかひどくショックで。
胸が痛すぎて、上手く呼吸が出来ない。
ホロリと。
無意識に涙がこぼれた。
こちらを見ていた篠田がギョッとした顔をして立ち上がる。
止めなければと思うほど、涙は止めどなくホロホロとこぼれて。
それを見た篠田が子供のように動揺する姿を、どこか遠くの世界の出来事のような気持ちで見ていた。
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