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「温泉?」
秋の気配が街を包む頃、篠田が旅行に行きたいといいだした。
普段、あまり我が儘をいわない篠田からの提案に、俺は素直に頷いた。
そういえば、二人で行く初めての旅行だ。
今まで行った旅行といえば、修学旅行と合宿くらいで。
急に思いたった旅行は、ガイドブックを買い込んで、旅先を悩んだり。ドライブコースを決めたりと、何かと忙しかった。
二人で計画する旅支度は、出かける前から何処かくすぐったく。
初めて知る篠田の好みや、嗜好に驚いたりもした。
前日には柄にもなく、眠れなくて。
横に眠る篠田の、波のように響く寝息をぼんやりと数えたりもした。
その日。
目が覚めると、篠田は既に旅支度を終えていた。
出来立ての朝御飯に、なにやらギッシリ詰められた御弁当まで用意されていて。
起き抜けで、まだボンヤリしている俺を余所に、篠田は忙しく動き回っていた。
篠田がマメなのは以前からだが、いつもより忙しないその動きに首をかしげる。
二人で決めた出発時間は、まだ二時間も先で。篠田を急かす理由にはならず。
落ち着きなく歩き回る篠田は、まるで冬眠前の熊を思わせた。
「なんか、あった?」
尚も動き回ろうとする篠田の後ろから抱きついて、腰から腕をまわし鎖を作って動きを封じる。
背中ごしに覗きこむと、しばらくして大きな身体から力がぬけた。
何事かを観念した様子の篠田が
「行くの。やめたりしないよな?」と、叱られるのを予測した子供のような顔で俺をみた。
「へっ?」
予想外な質問に、思わず間抜けな声がもれる。
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