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「なんで?」
全く質問の意図がわからずに、首をかしげながら訪ねた。
目の前で。あれだけ浮かれて計画をたてていた俺を見ていて、なぜそんな質問がでるのか。
さっぱり分からない。
多少、不機嫌になった俺を見て、篠田の眉が下がった。
「湊、温泉旅館に男二人は恥ずかしいっていってたから。」
言いづらそうに、小さく返される返答に、あぁ。と、思い当たる。
確かに、言った。
普通の安い温泉宿をとって、湯巡りしようと提案した俺に篠田が反対した時に。
篠田が押した宿は、一泊数万もする高級宿で、いかにも大人な隠れ家的な宿だった。
そんな宿に、男二人で宿泊。
いくら見知らぬ土地とはいえ。
あまりにもあからさまな気がして、渋った時に、確かに言った。
「言ったけど。
その後、分かったって言っただろ?」
呆れて見返すと、微妙な顔で口ごもった。
どうも一年前に事故にあって以来、前にもまして俺を優先しようとする篠田が、珍しく強く泊りたいといった宿だ。
多少の恥ずかしさより、コイツが喜ぶほうがいいかと俺が折れたのだが。
未だに気にして、挙動不審になっている男に。呆れとも愛しさとも言いがたい気持ちがわいてくる。
普通なら女々しいと切って捨てるような言動も。
篠田が自分を想ってした事だと思うと、甘く感じる。
心を痺れさせるような。甘美な余韻に咽がなる。
今すぐ口づけて。
その瞳を、己にくぎ付けにしたい。
一瞬頭をよぎった切望を、今日の道のりを思い出して、ぐっと我慢する。
こういうのをアバタモエクボって、いうんだよな。
頭の中の冷静な俺は、そう呟くのに。
篠田の事となると、冷静ではいられないもう一人の俺が頬を緩ませる。
付き合い初めて、そろそろ3年だ。
いい加減、冷静にならないと。
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