1809人が本棚に入れています
本棚に追加
思い当たるのは、一人だけ。
今日の商談相手の秘書で、幼馴染みで5つ上の悪友。
いわゆる一つの、僕の初めての相手。
ただし、あの頃の俺に貞操観念はなく。
似通った思考回路を持った悪友は、単にお互いにとっての都合のよい相手で。
付き合いは長いにもかかわらず、正式に恋人だったことは一度もない。
お互いに執着心もなく、気が向いた夜に一緒に過ごすだけの関係だった。
しかも、ここ10年ほどは純然たる友人で、つやめかしい関係ではなかったし、今まで付き合っていた相手にあわせてもなにかしたりするような奴ではなかったが。
ハテと首をかしげながら、原西をみる。
「おいで。」
手招きすると、大人しく近づいてきて側に立つ。
両手を繋いで覗きこめば、何事かを躊躇したあとクローゼットを指差された。
「多賀谷様から、贈り物が届いてます。」
不本意な伝言を、告げたくないと顔に描いたような表情で原西が口にする。
立ち上がり、ドアを開けて絶句した。
一畳程のクローゼット一面が、薔薇の海だ。
そういえば、一時期バレンタインに薔薇の花を贈られていた。
歳の数だけの赤い薔薇。
暫く贈られていなかったが。聡司の事だから、渡されなかった歳の数だけ用意したに違いない。
贈られる相手が深い意味を勘違いするように贈る。
奴の常套手段だ。
密室に閉じ込められていた濃厚な薔薇の薫りに顔をしかめる。
どう考えても、嫌がらせだ。
「これ。黙って受け取ったの?」
振り帰りながら尋ねれば、首を横に振られた。
「いえ。お帰りになる際に、封筒を渡されました。」
言いながら差し出された封筒には、便箋が1枚。
僕の大事な要に、必ずクローゼットの中身を渡すように。
見覚えのある文字で書かれた伝言。
恐らく、社長室に聡司一人を残した隙に詰め込んだのだろう。
悪戯好きで、揉め事が大好物だと公言して憚らない聡司ならやりかねない。
最初のコメントを投稿しよう!