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それから、原西は随分車を走らせた。
胸を押さえる力も弱まり、ズレた上着の隙間から伺えば。
何時もの見慣れた景色に、多少落ち着きを取り戻した原西の横顔。
つまらないな。と、軽く拗ねた気分で深く椅子に座り直すと、押さえられていた掌がはなれていった。
起き上がることも出来たが、そのまま原西の出方を待ってみる。
車を停めた原西が、運転席から無言で降りた。
もしかして、やり過ぎたのだろうか。
若干不安になって、上着を退けて起き上がろうとした所に助手席のドアが開けられた。
ホッとして、軽口をたたこうとしたが、見上げた原西の表情を見て口をつぐんだ。
そのまま自宅のマンションに入りエレベータに乗り込む。
普段押される最上階ではなく、原西の部屋の階を押されてチラリと見れば、先程と同じ。
心底機嫌の悪い顔で、登っていく階数標示を睨みつける横顔。
最上階は押されなかったから、一緒についていってもよいのだろうが、今までここまで無言で通されたことはなく。
車内で感じた焦りが、再度沸き上がってきて、声をかけようとした所で扉が開いた。
そのまま手も引かれず、一人で大股で歩きだした原西の後を慌てて追いかける。
これまでの人生で、これほど誰かの機嫌が気になったことはない。
やはり、悪戯が過ぎただろうか。
生来生真面目な原西に対して、車内とはいえ大胆に煽りすぎたのだろうか。
今までの相手は、むしろ喜んででいたので気にもしなかったが、元々快楽主義者の気がある人間ばかり相手にしてきたせいで、原西のボーダーをみまちがえたか。
手のひらが冷たく冷えて、足元に力が入らない。
原西のような人間は、一度軽蔑してみ限れば、きっとそれっきりになるに違いない。
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