サイレント・ナイト

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カチャリとノブが回って、扉が開いた。 思ったより早く帰ってきた要を迎えようと振り返った先に、多賀谷がいた。 光沢のあるブルーブラックのジャケットを着て、いつもは流してある前髪をオールバックにまとめた姿は場馴れていて、そつがない。 一瞬。寄せそうになった眉を気合いで止めて挨拶を交わす。 「要は?」 当然のように問われて、失礼にならないように感情を圧し殺した。会場に戻られています。と、伝えれば。 何故か、何処か嬉しげに「そう。」とかえされた。 その様子に、ピクリと。思わず額が反応した。 春先の悪戯から、どうにも心証の悪い男だが、取引相手の第一秘書なうえに、要の親戚だ。 口を開けば、大人げない悪態をついてしまいそうな気がして、グッと奥歯に力を込めた。 「今日はもうかえらなくちゃいけないんだけど、要に伝言を御願いしても良いかな? うちの社員たちも、要の姿を見るのを楽しみにしているから、たまには寄るように伝えてくれる?」 いけしゃあしゃあと、語られる伝言に、固く力をこめていた筋肉が負け、思わず眉がよる。 社交辞令とも、本気ともとれる伝言に首を振って答える。 「多賀谷さまからの御用事は、今後賜わらぬよう申し伝えられております。 先程の御伝言は、お伝えしかねます。」 ホワイト・デーに、要から言われた言葉を口にのせる。 要に聞いたときには、まさか本当に使うことになるとは思わなかったが。 「いいから。覚えておいて?」 そういわれながら、口づけを交わした夜を思い出す。
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