1806人が本棚に入れています
本棚に追加
失恋なんて柄でもないが、言うなれば一番ピッタリとくる言葉に空を見上げる。
ゆっくりと舞い落ちてくる冷たい一片に触れて、胸でくすぶる熱い置灯も冷やされて消えればいいのに。
諦める気も更々ないのに、そんな考えが頭をよぎり、小さく笑いがもれた。
あの小僧がうちにきたら、この上なく丁寧に、しかるべき慇懃さで。できるかぎりにもてなして、鍛え上げてやろう。
其が。今の俺に赦された、要を護る唯一の手段だ。
損な役回りだが。それでも要に関係する役割を他の誰かにふる気にはなれない。
例え、自身が糧となり。
直接、要に触れられないとしても。
それで愛する者が守られるなら、それは喜ぶべきことだとおもう。
昔。
子供たちをおいて出掛ける両親を、引き止めもせずに気丈に微笑んで見送った要の小さな肩。
慰めるようにふれると、こらえた嗚咽で小さく震えた細い身体。
あの子を慰めるのは、いつでも自分の役割だったのに。
要は、初めての夜もただ気まぐれに俺が誘ったと思っていたようだが。
思えば、俺は、ずっと要を手に入れたかったんだと思う。
軽い調子でかけた声に反して、喉は渇き。魂は餓えていた。
俺の誘いに頷く要が、輝いて見えた。
だからこそ、要との逢瀬は他の誰とするより良かったのだろう。
今さら気づいても、遅すぎるが。
原西から奪うには、要に本気になりすぎている。
そして、簡単に諦めるには、いささか永く想いすぎた。
今夜は寒くなりそうだと、もう一度空を仰いだ。
これから続く寒々しい道程の最初の一歩を踏み出し、進んでいく。
此れが、俺の選んだ道だ。
本気というのは厄介で、それでいて毒のように甘い。
手に入らなかった宝が。それでも今、彼は幸せなのだと思うと、どこかホッとする。
この聖なる夜に、あの子の幸福を感謝するくらいには。
全くもって、不可解で。
だけども、どこか幸福な夜。
最初のコメントを投稿しよう!