サイレント・ナイト

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失恋なんて柄でもないが、言うなれば一番ピッタリとくる言葉に空を見上げる。 ゆっくりと舞い落ちてくる冷たい一片に触れて、胸でくすぶる熱い置灯も冷やされて消えればいいのに。 諦める気も更々ないのに、そんな考えが頭をよぎり、小さく笑いがもれた。 あの小僧がうちにきたら、この上なく丁寧に、しかるべき慇懃さで。できるかぎりにもてなして、鍛え上げてやろう。 其が。今の俺に赦された、要を護る唯一の手段だ。 損な役回りだが。それでも要に関係する役割を他の誰かにふる気にはなれない。 例え、自身が糧となり。 直接、要に触れられないとしても。 それで愛する者が守られるなら、それは喜ぶべきことだとおもう。 昔。 子供たちをおいて出掛ける両親を、引き止めもせずに気丈に微笑んで見送った要の小さな肩。 慰めるようにふれると、こらえた嗚咽で小さく震えた細い身体。 あの子を慰めるのは、いつでも自分の役割だったのに。 要は、初めての夜もただ気まぐれに俺が誘ったと思っていたようだが。 思えば、俺は、ずっと要を手に入れたかったんだと思う。 軽い調子でかけた声に反して、喉は渇き。魂は餓えていた。 俺の誘いに頷く要が、輝いて見えた。 だからこそ、要との逢瀬は他の誰とするより良かったのだろう。 今さら気づいても、遅すぎるが。 原西から奪うには、要に本気になりすぎている。 そして、簡単に諦めるには、いささか永く想いすぎた。 今夜は寒くなりそうだと、もう一度空を仰いだ。 これから続く寒々しい道程の最初の一歩を踏み出し、進んでいく。 此れが、俺の選んだ道だ。 本気というのは厄介で、それでいて毒のように甘い。 手に入らなかった宝が。それでも今、彼は幸せなのだと思うと、どこかホッとする。 この聖なる夜に、あの子の幸福を感謝するくらいには。 全くもって、不可解で。 だけども、どこか幸福な夜。
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