万有引力

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覆い被さってくる篠田を、腕の力で押し止めながら、見上げた。 台無しにした休日のお詫びに、今日は湊がリードして、楽しませる気だった。 このまま流されてしまえば、何時もと同じだ。 なんとかして主導権を取りかえさなければと、内心で焦っているうちに頬に手を添えられた。 その指先に引き寄せられるように顔をあげると、視線の先の篠田の目が完全に据わっている。 向かい合ったまま、スルリと脇腹を撫で上げられて、鳥肌がたった。 小さく息をのんだ湊を見ながら、馴れた手つきで脇腹から胸元までを遠慮なくなで回しはじめた手をつかんでとめる。 無言で、浅い呼吸をくりかえしながら。視線だけで食いつくされそうに見つめられて。その視線の熱に高められて、気を抜くと流されそうになる。 なんで、この男はこうも簡単にことを始められるのか。 先程まで、どうやって誘おうかと悩んでいた湊が、子供のように思えて悔しくなる。 浴室に溢れる濃密な欲望の薫りに、のみこまれてしまいそうだ。 喘ぐように息をして、肺に吸い込んだ湿気の多い熱い空気の力をかりて、やっと言葉を吐き出した。 「逃げねぇから、落ち着けっ。」 焦りのあまり、風呂で出すにはいささか大きな声になったが、お陰で篠田の動きがピタリととまる。 「、、、嫌か?」 眉を寄せて、苦しそうな顔をされてグッと息をのむ。 叱られた犬のような。 垂れさがった耳の幻が見えそうな篠田の姿に、罪悪感が浮かんでくる。 哀しませたいわけでも、焦らしたいわけでもないのだが。 湊もどこか意地になっていて、今さら「はい。どうぞ。」とは言えない。 今日は、湊が篠田を楽しませると決めたのだ。
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