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しばらくして姿を見せた篠田に喜多川を任せて、新堂を抱えて車に向かう。
「大丈夫。歩けるよ。」
まだ青い顔をしているくせに、ふざけたことを抜かす顔を睨み付けると、改めて華奢な身体を抱き寄せる。
新堂が倒れるのをみて、心臓が止まるかと思った。
あんな思いは2度と御免だ。
その為なら、新堂のそばにいて自分の本心を抑えることなど、造作もない。
駆けつけた篠田は、喜多川の姿を見るなりなにも聞かず抱き締めた。
あんなに震えていたのに、篠田の腕の中にすっぽりと包まれた途端、喜多川の震えは止まった。しっかりと篠田のシャツを握りしめ、溺れるものが藁を掴むように必死にしがみついていた。
俺達が側にいたら、気の強い喜多川はいつまでも泣けないだろうと、そうそうに部屋を後にした。
此方を向いてペコリと頭をさげる篠田を見て、驚いた。
世界で一番自分が偉いと思っていそうな奴だったのに。
喜多川の為なら、頭など幾らでも下げられるのか。
胸に浮かんだのは男同士に対する嫌悪ではなく、羨望だった。
互いにもとめあい、支えあう姿は俺が望む相手とは決して叶わないだろうが、俺がささえることはできる。
自分にできるたった一つの未来を自ら手放すところだった。
大人しく腕の中に収まっている新堂のつむじが目にはいり、そこから流れた柔らかな髪がかかる綺麗なカーブを描く額に目をやった。
胸によりかかる重ささえ、いとおしい。
こうやって新堂を抱きあげることなど、2度とないだろうが、今日のこの日を忘れないように温もりを胸にきざむ。
助手席に新堂を座らせ、少しでも楽なようにシートを倒してやる。
先程目に留まった前髪を書き上げて、手のひらで熱をはかった。
汗ばんではいるが、熱はないようでホッとする。
鼻先をかすめる新堂の甘い匂いに酔いそうになるが、不自然にならないうちに額に触れていた手のひらをはなした。
その時、新堂の手が延びてきて、首筋を掴まれた。
アッと思うまもなく引き寄せられて、唇になにかが触れた。
驚いてすぐ近くにあった新堂の顔を凝視する。
「ありがとう。」
とだけ呟くと、夢見るように瞼をとじて、そのまま眠りに落ちた。
パタリと俺の肩から滑り落ちた手が、新堂の胸に落ちる。
スゥスゥと新堂が寝息をたてるまで、長い間、またしても俺は動けなかった。
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